王瑞雲/OhZuiun/診療所・東(ひがし)診療所/ 東京国立市東2-14-3(自由診療予約制)  
   
 
 
 


2012年4月号  すでに啓示はあらわれている!

「神経質すぎる!」と笑われるかも知れないけれど、 私はずっと前から「心配だ!」「気になる!」と書き続けて来た。 そのために随分嫌われても来たけれども、やっぱり気になるのは仕方ない。 今朝も寝ている私の頭の中でふと言葉が浮かび上がったのだ。 「毒物吸収体」「啓示」という単語。 
「毒物吸収体」とは私は「母体の中で胎児は毒物吸収体である」と解釈している。 つまり「胎児」は「生きようとして必死に母体内の環境を良くしようと犠牲者となって 母体内の毒物汚物を吸収している。」というのが私の診療上の経験である。 そしてこれだけの人々の健康が損なわれ、子供たちの体調がおかしくなって来ているのは 「地球環境」が大変な状態にあるということではないだろうか? 即ち、くどく言うけれども「天地人」という、「人の立場」を理解するなら 「地球環境」「自然」という中で、「人や他の生物全て命有るもの」は「胎児」の立場と 同じてないか?すでに生物の絶滅がさわがれて久しい。「蛙」も見なくなったし、 日本では蜂もいなくなって、わざわざ毎年「蜂」を輸入していると言うのだ。 他の生物が居なくなっても、人は生きてゆけるのだろうか? 「生物」の種類は多い。それでもじわじわとその数が「へる」のは「とても危険だ」と私は思う。
もともと「人が仕事をする」というのは、「他の人が生きるのを手伝って、 お金(?)(お礼と言った方が良いかも)を頂戴して生きていける手段を手に入れる」と 解釈している私であるが、「始めから例えば「農薬」とか「殺虫剤」とかの考え方は 正しかったのだろうか?」と最近になって気になり始めていた。
普段の生活の中ですでに農薬のない時代とか殺虫剤のない生活は 想像できなくなっているけど、使えば使う程「地球環境」の中に蓄積し、それで未来の人々、 胎児や他の生物もすでに毒物吸収体としてその肉体、精神、命さえも危うい状態にある。 そう考えれば、もう人同志争っては居られない。 人と他のあらゆる生物同志共存を考えなければならない。
何故私がそう感じるのか?というと、 人はすでに「精神的視野狭窄症」にかかってしまったのではないか?と心配しているのである。 世の中で起こるさまざまな出来事の大部分が「人同志の争い」ごとに始まる事が多く、 ここのところ原子力発電所の事故以来、少しばかり「自然環境と人との関係」が 注目され始めたけれども、それ以前に、「ミナマタ病」や「イタイイタイ病」の事がさわがれていても ついつい「他人事」として自分には関係のないような感覚で生活してしまう。 今回の東北大震災と原子力発電所の事故の直後ですら、 他の原子力発電所の近くに住んでいる住民が「あれは運が悪かったのよ。私の方の発電所は 大丈夫といわれるんだから大丈夫なのよ!」とケロリとしているというのだそうだ。
東京に住む方が自分の故郷に帰られ、「福島の原子力発電所の事故」について 父母や近所の親せきの人々に説明しようとしてにべもなく断られ「そんな話はするな」で 終わったというのだ。ついつい他人の不幸を見ても自分には結びつかないというのが現実である。
私は仕事柄、人の体調の悪さを知ると特に癌の患者さん(大人から子供まで)が 多くなっているのを診るにつけ、自分や自分の家族も同じではないか?と不安になる。 私の両親も兄も癌だった。もっとも三人共死因は癌ではない。共存していたのだ。 さて、「海の幸」と私達が言って毎日いただいているものも大丈夫だろうか? 人によって一切口に入れないとおっしゃる。彼はずっと前から、私が彼を知る前からそうなのだ。 「何故ですか?」と私が聞いたら、「考えてもごらんなさい。地上で私達がどんなに汚いものや 毒を流しているか?それは全て海にたまるのですよ。特に地上使われている薬品の 行き先を考えたら、とてもそこでとれるものは口に入れられません。」とのことだった。
でも私は「海の幸」は大好きであるし、診療の中である時、ザルコーマ(肉腫)の疑いがある人が 「サプリメントの或る海産物」でその症状が消えた。という経験をしている。 私の経験は一例(少数)症例が多い。けれども私は自分の経験を大切にするタイプである。 だから人はやはり地球環境の中では生かされている立場であり、 とてもとても「他とは関係ない」とは言える立場ではないと考えてしまう。 人同志が争うための道具を生産される会社は、地球防御隊として、 「地球環境を修理、長もちさせる」という仕事へ方向転換して頂けると有難いと思う。 化学者達はすでに使われ続けてきた薬品でまだ解毒されていないDDTやダイオキシン その他生物に有害な物質を地球きぼで解毒していただくという仕事へシフト頂けないだろうか? と私は願ってしまうのだ。
あくまで私個人の考えであって、何の影響力ももたない私であるが、 「原子力」については始めから何利用であれ天地に逆らわない方がいい。 人はこの天地(地球環境)に於いては赤子である。と私は感じているのだ。 今や人は「精神的視野狭窄症」から治療を始めなければならない気がする。



                                                    王瑞雲(Wang Rui-Yun)

 

 

 

 
 
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