王瑞雲/OhZuiun/診療所・東(ひがし)診療所/ 東京国立市東2-14-3(自由診療予約制)


2012年9月号    人は皆記録係に!(カメラと録音器を持っていよう!)


ふと頭の中に浮んで来た。「本当の事を伝え続けるのにどうしたらいいのでしょうか?」
土いじりをしながら、 夢中になってこの大地の母と会話をしている。
そして「カメラと録音器」が出て来たのだ。 人は生まれながらにして義務を負うているのでないか?
人が生きるとは、過去の歴史を学び、 今という時代を自分で体験して身体の中で醗酵させ、
そのエキスを次の世代へ伝えてゆく。
これが伝承ではないだろうか?とずっと考えていたのだ。 中学一年、二年のたった二年間でも、文化系の本が読めるうれしさに私は幸せだった。
家は貧しく父母のけんかはたえず、それでも平安女学院というキリスト系の学校だった所為か、
私はおだやかに過せたのを憶えている。
「毎日一冊読んでから帰る」と心にきめ、その中で「人間の歴史」 は大好きだ。
手当たり次第といっても、そう分野が広いわけではない。
歴史物と偉人伝。
家には父や上の兄弟の医薬、科学系の本しかない。
貧しかったけど、家の中も図書室の様だった。
17才で大学に入ったものの、数ヵ月後よりアルバイトに明けくれた。
後は図書館通いが中心で、医学的学習は古本屋で買う本しかない。
よくまあそれで卒業出来たものだと 我ながら不思議である。
歴史に関する本を読む程に驚くことが多い。
人は進化したとは言え、同じことを くり返して少しも前に進んでない。
忘れっぽいのかなあ?
どこの国でも、『もう二度とあの悲惨な状態を くり返しません』と戦争直後は反省してみても、
どこの国も身についていない。
つまり、本当の事を学習して ないので、
少しずつ時が経つ程に変化していても気が付かないのだ。
「一昨日と昨日と少しも変りない。それでも三年前と今日とは大きな違いがある。」とは、
どの本かに書かれていた。ナチ、ヒットラーのあのドイツの時代の事だと思う。
天上から人類の歴史をずっとながめてみたらどのように見えるのだろうか?
そして歴史を学ぶ上で一番気 になることは、
過去の事は、自分が生れてないし、この小さな身体一ツで 「全体の本当のことが判らない!」という事実である。
「あんなことあった。こんなことあった!」という人々が居るかと思うと、
正反対のことをおっしゃる方も居られる。
「本当はどっちなの?」と更にいろんな本をさがす。それでもどうしてか絶版になっていたり、
よさそうなのに禁書 になっていたりしているらしい。
「本当のこと知りたい!」それで私はふと思いついたのだ。
そうだ。これからの時代は、 地球上の70億の人間の半分でもいいから、今の時代の記録係になろう。
自分や身のまわりの人々の経験を収録し、写真にとっておこう。
社会としてそれらの事実を収集する部門を新設しよう。
今は便利な時代となった。
100年後200年後の歴史学者は研究するのに正確な資料があるというわけだ。
200年後、恥をかかないですむように、今私達は人としてどう生きたらいいのか?
一人一人が歴史を作ってゆくと思えば少し緊張する。
私は実利的な人間で、いつどんな時も、「今が最高にいいチャンス!」と 考えてしまうのだ。
今年の春のことだった。
実家の片付けをした後、業者さんに頼んで処分をお願いせざるを得なかった。
皆すばらしい若者達だ。その中で大学を出て何年かという男の子がいた。
仕事について朝から晩まで汚れものを 片付けているのだろうか?
私から話しかけた。
「帰って何しておられる?」
「そうですね、おふろに入って、テレビを見てそれで疲れて終わりかなあ~」とのこと。
「日記書いてないの?」と私。
「書いてません」と、いたって素直な彼である。
「毎日人々の生活の後片付けしていて思うことあるでしょう?」
「そうですね。社会は動脈硬化もはげしいです」
「それすごいわ。貴方は毎月沢山の学習しておられる。生きた社会勉強しておられるのよ。
その経験を本にしてごらん。
すごい本が出来るわよ。今貴方がこの仕事しておられる。
10年後20年後の自分どうしている?
今経験していることプラスαをしてごらん。
きっと貴方ならすばらしい文筆家になれる。だから毎日日記をつけて!」と私はおすすめした。
「そうかー。10年後、20年後の自分なんて考えたことないなあ~」と
彼は少し照れくさそうに笑った。
とにかく私も実家の片付けという長年の懸案を数カ月かかってやりとげられた。
95才になる母が「大阪」「大阪」と言って「片付けに帰らなくては~」と気にしていたのだ。
父が出て母が出て最後にその持ち主も三人共私の所へ来てしまった。
無一文だった戦争難民から スタートした父母の人生、
60数年も経つと物にあふれた古い家が残った。 子供達が医療関係の仕事についたので、日本の場合はいただきものもある。
東京で開院している私は患者さんが気にして下さり、残る物は少ないが
上のきょうだい達のはちがう。
それだけでない。私の8~10才の頃のワンピースまできちんと残っていたのだ。
人の命は本当に短い。お彼岸まで持って行かれないと知ってて残してしまう。
子孫へ引きつぎたいと無言の願望があるのだと思う。
私がせっせと字を書くのは、それこそ、私の子でなくても
次の世代の人々へ伝えたいの一心であるのは間違いない。
とにかく人は今、世界中で記録係になろうよ。
100年後200年後少しは正しい事実を書いてもらえる
歴史家の 人々に証拠をバトンタッチしてゆこう。
私もおめでたいのか?どん底にいても「チャンスだ!」と元気になる。
アイディアがひらめくのだ。
国立市の大学通りである時、女性の路上生活者に出逢った。
私はふと考えたのだ。丁度、私も自己破産直後で65才にて
29才のスタートラインに立った時と同じ無一文になった。
唯年を重ね、少しばかり経験を持ったけど・・・。
日本で路上生活者になられる方が多いという。
アメリカでも普通の生活者がある日、仕事を失いテント生活になるという。
世界中どこでも似たようなことが起っているにちがいない。
こうした人々の中でひょっとしたら、それまでは会社のオーナー だったり
きちんとした生活をしていた人々が、サギにあって全財産を奪われたり、
そして路上生活になったのかもしれない。
もしもこうした人として最低生活をした人々に、その人生経験を録音テープにふきこんでもらい、
それをテープ起しをして本に まとめてゆくと、生きた社会の教科書になるのではないか?
例へば世の中でいろいろ事件を起こしてしまった人々の人生経験をインタビューして聴きとり、
記録して本にまとめてゆき研究する。
本にして次の世代の人々の教科書にしてゆくと本当の事が学べる。
子供を教育するに当たって作り話が一番害を与える。
子供というのは正直でしかも3ツ子の魂100までなのだ。
私の場合は4才の時 神戸大空襲で生きたまま人々が焼き殺されてゆくのを見た。
老若男女国籍一切関係ないのだ。
従って戦争については嫌悪感をもっている。
国と国との争いでない。戦争は強い者が集団で弱い者いじめする以外何ものでもない。
と母は言っていた。
その証拠にいつの時代も、 どこの社会でも、戦争の命令を下すのは強い人々である。
他人に命ずる前に自分が先端に立って実行すべきであるし、
他人に要求する前に、まず自分に要求する資格があるか?
内省せねばならない。
ものごとは、「他人の事を言う前に、 自分の足元を見よ」
母はいつもきびしかった。
『決して悪い言葉を口にしてはいけません。言葉を発するとは、天につばすることですから・・・』 と教えて下されていた。
でも戦争に対してだけは、私はイヤだとはっきり言う。
他の人だって生れた以上は、全く自分と同じように
「生きていたい」と 考えているのよ。
「あなたには、他人を傷つけ殺す権利はあるの?」
「殺人犯が死刑になるのだから、
戦争の命令を下す人々は皆死刑になるのでは ないか?」
と言う人が居られたが、古今東西、この問題は片付かないらしい。
私は結局、一人一人が自分の命を守るしかないと考えている。
自分の人生哲学に従って行動する以外ないのだ。
そして私としては、
「地球は200年後300年後の のために残しておいてあげてね。」
と心の中で祈る。とっくに居ない私であるが、
過ぎ去りし多くの (世界中におられる)人々が今尚私達に多くを伝えておられるように、
私亡き後私の心を次の世代の人々に伝えたい。
「ものごとを解決するのに力を使ってはうまくゆかないわよ。
どんなにえらくなっても、お金持ちになっても、生きてなくては意味ないのよ。
生き延びるための最低条件はあるのよ。
そして貴女が貴方が生き延びたいなら、まわりの人々が生きてゆかれるのを手伝ってあげて。
恵まれても、 つつましやかに「志高く生活は低く」を実行してね」
社会の良し悪し、その社会の生存力(社会も生きているのである)は、
条件の最低悪い人々が どんな生活をしているのか?を見ればよく判る。
そのためには本当の事を知らねばならない。
「本当の事を知る」とは何ごとも有りのままの姿を自分で見て聞いて学ぶ以外ないのだ。
科学が発達した今、数百年後の歴史家のために、
一人一人の人が今という時代の記録係としてカメラと録音を続けよう!



                                                 王瑞雲(Wang Rui-Yun)