王瑞雲 ブログ。論文。

「新生存学の構築を! ー竹崎律次の世界、「人生と疾病」についてー」  王 瑞雲

2021.6.22

カナダについてからひたすら片付けなくてはならない、資料や書籍の山がある。 今まだ自室自粛期間で、毎日、衛生局からメールがとどき、生活状況や体調の質問がある。

従って家人は、まだ仕事に出られない。二日前にはまたPCR検査の検体を提出した。 私にしてみたら、鼻腔粘膜の採取の前に1包服用するだけで、結果はマイナスになるようにしておける。 普段から新コロナなど感染しないで済むようにできるし、仮にかかっても簡単に手当てしてしまう。

日本には、こんな素晴らしいビールスとの共存方法が昔からあるのに、ほとんどの方はご存じない。 だから私は日本でこの前まで普通に新コロナ関係の患者さんたちの手当をしていた。 保健所へも保健所が困っていた症例の治療を報告に行ったが、全く無視されたのだ。

「簡単に治されたら困るのかもしれない」と、私はそれ以上も言えず、そして出国した。

そもそも、ビールスとは古今東西人類と共存して生きている。ビールスだって地球の生命体のひとつ。 地球上には人類の知らない生命がまだたくさん存在すると言われている。 人類そのものが自然の産物で人工的に作られたものでない。

いくら人類が頭が良くってロケットを作り、お月さんまで飛んでいける宇宙船を作っても、 大自然にとってはたかが知れた能力にすぎない。

さて今回の新コロナのパンデミックで、理解できたことは、 横書き文化の医療知識<西洋医学の医療知識>と縦書き文化のそれとの関係であった。

私の漢方の師は、私が20歳半ばの頃に教えてくださっていた。
「西洋医学の知識は横糸です。東洋医学の知識は縦糸で、 両方学んで初めて本当の医学医療という織物が作れます。」
「素人を騙すのは本当に簡単です。でも玄人を騙せる位に学習しないと恥ずかしいですよ。 単なる漢方薬使いにならないように!」とおっしゃってくださったのだ。
未だに私は自信がない。玄人をだませる位にとても学習できない。

でも一人でも「良くなったよ!」と言ってくださるのが楽しみで、毎日が楽しいのだ。 今回しみじみ感じるのは、経験上、日本の伝統的な統合医療では、簡単に対応できる。 どうしてその知識を使わないのだろう?

もったいない話だけど、分かったのは、それでは全く儲けにならないということだった。 お金がかかることが良いと考えているのかも。 そして横糸だけでは対応しきれないという証拠だと気が付いたのだ。 どんな時代になろうとも、患者側が自分や自分お家族を守る力を持っていればよいだけの事でもある。 その手段も日本には古くからあった。今改めて古い本だが読み直している。

今手にしているのは 「養生秘訣按手療法」復刻版。竹崎律次著、解説水岡道三、谷口書店出版。平成2年の5月に出た。 私は買ったものの、なかなかきちんと読むこともなく、その内、引っ越しやら何かと忘れていた、 670ページもある読みごたえがある書物だ。

今やっと安定して自分の研究室の整理ができるとこまで来たのだ。診察がなくなりやっと自分の時間が取れる。 第五節に「人生と疾病」という項目がある。 今時代の人々に先生のお考えをお伝えしてそれが通じるものなのか? でも私には日本の医療の素晴らしい原点はここに述べられていると感じるのだ。

先生曰く「人の生命は、天地の神に享くるところであります。」 「神に享くる」とはどう説明したらよいのだろう? 私は人の生死は、自分が決めているのでないと考えている、  宗教観としては魂は存在しているけど、どの宗教団体に所属できない。  何かわからないけど人の力を越した大きなものを感じるので、  私は「天」Something Greatと、考えてきた。「天地人」の考え方である。 先生曰く「されば天地の有らむ限り、子々孫々相承け継いで,断ゆべきものでありません。 しかし個人についてみれば、人生五十、古来七十まれなり。天寿といえども百五十を出でず。 人の肉体はやがて死亡すべきものであります。」と続く。

今の人々から言えば「子孫を作らなくてはいけないなんてとんでもない」と言われるかもしれない。 私が古くさい人間なのか?私は若い時から、結婚するとかは好き嫌いとは関係ないと考えていた。 その人の子どもを作りたいとか、どんな子孫ができるだろうと考えていた気がする。 結婚は恋愛ではない。其れは先輩の先生方からも他の大人たちからも聞いていた 。事実診療初めてから沢山の家庭を見せて頂き、「子どもは好きで生まれてきたのでないよ!」と 内心言いたくなることも多かったのだ。 だから人とは生まれもって不公平で不平等で自由がない。と知っている。

小児科医として感じていたことは、家庭は一番大切だということである。 子どもの経験はその大人になっても影響している。 だから私は「生まれたくなかった」と言わせたくないと、いつも考えてしまう。 個人の家庭においても、社会全体で考えても、。。。 こんな社会に生まれたくなかったと言われる大人社会は造りたくない。

天地人の教えは未だ小学校の低学年生の時に母から教えられていた。 近年の地球環境を考えても、人の能力がいかに小さなものか?思い知らされるのだ。 2020年9月アメリカの山火事が消火しきれずポートランドは煙の中に包まれていた。 そんな中での人々の生活、そして一日半の大雨での空気そのものの変化、 空の上から地上の人間の社会の変化を目にして、生きていて自然の偉大さを心底教えられた気がした。 人類能力の小ささ。どんなに頑張っても大したものでないと。 そして人生は短く必ず死亡するのも事実であるから、納得する以外ない。

先生曰く「この短き人生において人はそれぞれ天業を亮けなければならない各自持場の仕事、 すなわち使命があります。この考え方によって人生観が確立します。」とは、 現代の人々、世界中で通じるだろうか?でも私は心情的に賛成なのだ. 人は一人づつ天命があり、生かされている。その天から与えられた仕事をやり遂げるに、 どんな職業に就くにも、一人づつが自分の生命を自分で守らねばならない。と考えてしまう。 面白くもないと言われるけれども、私は面白いとかすら関係ないのだ。

先生曰く「されば身の養生を思わず、我と我が健康を損なう不摂生をあえてする人は、 人生の何たるかを知らず、また天命知らざるものにして、人として生を受けた天の恩寵に対する 反逆児、冒涜者と申すべく。。。」 考えて見れば、私たちは日々普通に生活が出来ている限り、あまり生死を考える事もない。 たまたま私は余りに病弱で寝込んでいた時間が多く、そして仕事で人々の生活での悩みなど聴き続けて いたので、いかに生きるのが簡単でないと知ったのだ。 健康な体の若者の自死はつらいものだ。

先生曰く「疾病は天の下す一つの試練であります。速やかに疾病の回復を勉ると同時に、 少なくてもその疾病の試練たる意味を体得し、試練を意義あるものにせねばなりません。」 竹崎律次先生はそう言われるけれども、 現代人にとっては何が疾病の始まりの兆候かすら知らないのである。 不調を感じても自分の生活を顧みることもなく、医療者という他人へ頼ってしまう。 そして症状消しをしてもらい、それで治療と勘違いしているのである。 つまり自分が生きるという意味をこどもに伝えることを忘れてしまっている。

先生曰く「人体には自癒の道が備えられてありますから」 「すなわち使命遂行上の故障と成れる疾病の一掃策を講じることは、 人としてなすべjき当然の務めであります。」 それで今私たちの医科大学で医師になる若者たちに、こんなに丁寧な「医療者の生活の仕方」を 教えているのだろうか。少なくない医師達を診察してきて、ご自分の生命や健康を守る基本の知識は、 ほとんど持っておられなかった。私の知る限り、西洋医学の知識を若者たちに覚えさせるだけで 精いっぱいのようだった。

先生曰く「文明進歩の裏には、天賦機能の喪失という悲劇が演ぜられていることに、 気が付かねばなりません。一面より言えば、これはまさしく人類の堕落に相違ありません」 と断じられれば、それから80数年たった今の新コロナの騒動、それに隠れているもろもろの現状は、 人類社会の末期症状なのだろうか? もしも空の上から現世を見ておられる竹崎律次先生がおられるとしたら、 何とおっしゃるのだろうか??

先生曰く「祖先の堕落生活は子孫のために憂いの種を残します。」 また 「幸い健康の体をもって生まれましても、己の素行おさまらず、怠情安逸をむさぼり運動共 他の健康法を講ぜず、美衣美食して日々肉欲にふけり、放埓なる生活を送りますならば 早晩疾病の虜となる時期が参ります。」は私も診てきたので、納得である。 「健康体を保持するは諸善の基本である。身体髪膚これ皆これを父母より受く。 あえて毀傷せざるは孝の始まり、」などは、 今に話しかけているような新鮮味がある。でも今の時代に通じるのだろうか? 親たる大人そのものが何も気にせず、そこいらにあるものを口に入れる。 其れよりそうした不健康な人工的に作られた「食べ物もどき」を販売できるのが許される 社会構造自体が、問題なのだろう。子どもたちにはまったく罪はないし、大人そのものが無知なだけだ。

先生曰く「平生衛生に注意して、飲食を慎み色欲を節し、過度の疲労を避くる等の怠たざるはむろん、 一旦疾病に患りましたならば、病の悪変して重態とならざる以前に、治療手当を加えなければなりません。 以下講述せむとするところの按手療法は、養生の秘訣を公開するものであります。」 つまり本書は読者の皆様に手当の仕方を教を伝え、ご自分で早めに疾病の手当をされ、 天寿を待とうされるのを願って、竹崎律次先生はこの労作を残してくださった。 私はしみじみと日本には昔から素晴らしい医療の知恵と昔の人々の人情の深さを知るのだ。 今私たちはそうしたご先祖の人々の歴史的価値を無視してしまっている。 この本で述べられる「人生と疾病」の問題にまじめに向き合っていたら、少なくても今世界が大騒ぎしている 新コロナパンデミックの状態は,起こらなかったと思える。

私の知る限り、今から150年前頃、明治の初期に日本で日本古来の伝承医術、伝統医学、東洋医学、 日本漢方医学などが、教育システムから外されてから、日本に住む人々の健康は損なわれ始めた。 そして80数年前のこの竹崎律次先生がご活躍の頃には、既に心痛い状態であったと思える。 竹崎律次先生が御指摘される状態からすでに80年、今は人類社会そのものが消えるのでないかとさえ 心配されている。この地球そのものの終末時計が、1000秒前と発表されている。 地球の全生命体の存命が危機的状態であると世界中の人々が一人一人自覚する必要がある。 日本の昔からの知恵の塊、日本の伝統食に始まりその伝統統合医療の知識は、私のごときビールスと共存する ことが出来ると信じる者として、世界の方々へ「恐れることはない!自然たる天地の声を聴きましょう!」と お伝えする義務があると私は考える。それくらい日本には世界中の知恵が集まっている。 日本は学びの国である。マッサージ、指圧関係の専門家の皆様へ、この竹崎律義先生のご本を研究され、 現代人にも理解しやすいように解説していただければ、とても役に立つと思える。

特にお若い方々が生きてゆかれる指標になるのでないでしょうか?谷口書店にお問い合わせいただきたい。 まだ出版されているのか。私は知らない。


〈文責 王 瑞雲〉