王瑞雲 ブログ。論文。

「新生存学の構築を! ーいざの時は自分の頭を使え!ー」  王 瑞雲

2020.7.23

 今、世界中、特に目立つのが「人の世」のおぞましさでないかと考え続けています。アメリカでも日本でも、ある種の「先生」と呼ばれる人々は、一般の人から言えば、「公認のどろぼう」であり、「公認の詐欺師にもなれる」のだそうです。彼らは専門職でそれこそ知り尽くしているので無知である一般下はそれこそ全財産を奪われるという例もあるのです。

 今からもう50年近く前の話ですが、私の所へ来られた患者さんの身内の方が、殺人犯で逮捕され、守屋に入っているというのです。事件は相続問題の時に起こりました。ある地主が亡くなり、その息子達3人がその土地を三分割して、各々相続することになったというのです。ところが登記が終わって見てみたら、なんとなく予想より小さい。そして三男に当たる方がいろいろ調べたところ、なんとその土地は四等分され、3人の息子とその手続きをした専門家本人の名が登記されていたのです。無論、3人の息子達はすぐ裁判に訴え、裁判になって争う事18年、埒があきません。しびれを切らした三男が話し合いの最中、その先生を刺してしまったのです。噂によると、その先生は他でもそうして財を成していたので近所の人々は、「殺されて当たり前」と噂をしたそうでした。

 他にも症例を挙げますと、何冊の本も書けます。私もそうして65歳で全財産を失った経験があるからです。でもそれを経験したことで、いい社会勉強ができたと思うのです。人は経験しないとピーンときません。話を聞いてだけでは、やはり他人事で終わります。「人の性悪性」は当たり前と思うのですがものすごいものです。正しい教育という私の持論でいえば、その「正しい教育」力は低下して人の世は危機的状態にあります。家庭でも見えにくい戦い、夫婦間、親子間、親戚間で起こっているのです。日本では、これから高齢社会に入り、家族も縮小しただけでなく、分解して個人個人とバラバラになっています。兄弟の間でも各々が独身で共同生活をしているもののいがみあい、競合しあって火花を散らしている例だってあるのです。

 そんな時代で社会はそうした老人のために成人後見人制度を作って、その人々を助けようとするのですが、考えてみたら成人後見人自体が赤の他人に過ぎません。もっとも先に書きましたように、きょうだい、身内そのものが「良くない」例があるのですが、それでもほとんどは身内の方が信用できる。「他人を見たら泥棒と思え!」は昔の話して、今は「他人を見れば、強盗と思え!」なのです。それこそ生命そのものも失う時もあります。

 今世界中で問題なのは、そうした「人が人を喰う」時代とはっきり露見してきたことです。何にもバルブ期と限らず、戦時中とか終戦後とか関係なく、「平和だね」とのほほんとしている中で見えにくい静かな戦場は世界中に広がっています。

 大切な事は、一人一人が、自分達はどんな社会を望むかなのです。私の人生経験では、よく見える火の出る、いわゆる戦争をしないことが最低条件なのです。つまり「力を使っては何事も成功しない」のであり、どの生命も人類に限らず植物や小鳥や魚、あらゆる生命体は、この地球に現れた以上、その天寿を全うしたいものだと私は考えているのです。人が何もしなくても36億年前に地球上に生命が誕生して以来、多くの生命が現れて消えてしまったのです。私達一個人の生命の長さは高々100年足らずなんと短い事でしょうか? 何にも人同士喧嘩する理由はないと私は考えるのです。

 大切な事は、自分が死にたくないように、他の人も死にたくない。病気で若いうちに死にたくないし、おなかすかせたくないでしょう? 暑さ寒さで苦しみたくないでしょうと想像する力です。人は不平等で不公平ですから、自分で自分の事出来る人々もおられますが、始めから力不足の人々だっている。力余る人々が力不足の人々をサポートする、こうした社会的規範が作れれば戦争をしなくて済みます。同じ社会の中で、社会と社会の関係の中ででも同じです。

 「新生存学」とは上記の「医食住教法の確立と自立」をどう目指すかの研究をするのですが、今の人々にとってはちょっぴり異質な考え方と思えるかもしれません。例えば基本として「力を使わない」というのはどういうこと? もしも他の国が攻めてきたら、どうしてそれを防ぐのという質問です。シリアの様子を見てごらんなさい。他の多くの人々の様子を見てごらんなさい。人々が殺し合い血が血で洗うような戦争の中で、そして難民としてさまよう人々の顔を見てごらんなさい。あなたがのんびりゲーム機をいじっている、そんな両方の姿をイメージすればいいのです。戦場の様子は見るのもつらいですから、普段から私達は次の世代にどうしたら悲しい思いをさせないで済むか考えねばならないのだと思います。

 それはいつの時代もどこの子ども達も、普通に慎ましやかに生きて天寿を全うして時代を継いでいってくださるのが大事と思えるのです。それは子ども達が医食住教法に沿って育てられ、力を使わずに物事を解決する実力を持っていただく以外ないのだと思えます。人が人として、いつも「イザ」の時であると自分で考え、自分で責任を持って行動する訓練を普段から身に付けることと思います。それが個人の社会的生活上の力となります。  社会自体も人々の生活の現場からの様子を上へ伝え、いわゆる「下意上達」の習慣を身に付けることです。日本は島国で隠れて静かな生活をし、慎ましやかに歴史を継いできました。日本の伝統食やそれを基盤とした日本伝統統合医療の思想哲学は、自然に逆らわず、天地の子としての人の生き方を示していると私は考えるのです。

 私が日本で生まれ日本で学ばしていただき、今日にてまだ生きてペンを持つことができる、ただそれに感謝です。世界は日本から学ぶこと沢山あります。プラスももちろん人の世ですからマイナスがありますが、それを含めて学びの国であり、世界の鏑矢と考えるゆえんです。人は一人ずつ頭を持っているのですから、それを使って生き延びてゆくのが、これからの時代大切になっています。




〈文責 王 瑞雲〉