王瑞雲 ブログ。論文。

「新生存学の構築を! ー5本の指は同じでないー」  王 瑞雲

2020.4.15

「台湾では良く言われることだ」と母は私に時々話してくれていた。「平等」とは何か?という問題についてである。
一つのカステラケーキを平等に分けるという時、ただ数で割って、皆同じ量にすればよいのでは正しい分け方でないという。

受け取る人が一人づつ違うのだから、その人の食べられる量にするとか、あるいはその人の体格、体調、空腹状態などを考慮して分配するというのだった。
例えば、相続があった時どうするか?戦後は平等にと数で割っていたのだが、最近は少し変わって貢献度というのも参考になるという。

さて、今回の新コロナ感染症対策の一環としてニュースで知るたび大変な世の中だなあと思う。まさに「人の世」とはこういうものだと良い社会学習が出来る。
医療問題では私は50年以上前から、いざの時のことを考えて「ご自分の健康はご自分で守って」と「医療の自立」をお伝えし続けてきた。
今医療崩壊が心配される中、一人でも医師という他人に頼らずに生きてゆけるというのは、「感謝」以外ない。医療と医学は別のもの。医療の理想は「安くて身近で将来にわたってのよい結果」なのだ。

今私が新コロナより怖いのが、この後に続く「経済戦争」である。

爆弾は本当に降ってこないと信じるけれど、人の世とは「見えない静かな戦場」を人は平和だと認識していた。でもこれからたくさんの犠牲者が出るのでないか心配な私である。
人が生きてゆける最低要素、条件を研究して70年以上たつ私であるが、その研究結果の出版準備をしている最中でもある。

いざの時は「お金はあまり役に立たない」と皆さんは知らないようである。
そう、「お金は、食べられないもの」なのだ。人は飲まず食べずには生きられない。したがってお金がなくっても、身の置き所として、「安全、安心、安定の住」を確保し、「本物の食べ物」さえ手に入れば、人は生きてゆける。
「子どもは人類共通の宝物」と本音で知っていれば、手の打ち方の分かる。「人財」という最高の宝物をどう本当に大切にするか?

人類、ホモサピエンスは天地という父母より問われている。
国名、性別、年齢や宗教、思想、信条一切関係なく「目の前の、生命をどうするか?」問われているだけであると思う。
人は生きてさえすれば何とかなる。今、企業も従業員を抱えきれなくなってきた。昔会社の会長責任で、自己破産して無一文になった経験がある私は、65歳からの再出発である。相変わらずの母の一言「あら良かったわね。本ものを見る眼が持てたのよ」といっていろいろ、これからするべきことを教えてくれた。その経験から言えば、今の世の中の病的状態を切り抜けるには、さほど難しいしいことではないと思える。

一人一人が本当に皆で生き延びようと、考えるかどうか?

やるべきことは
①住の供給、地方でもよい。自然災害と同じで、仮設住宅での何でも、きちんと身を休める所を用意する。日び家賃が払えなくって追い出される人たちが増える、中には乳飲み子もいるだろう。それらの人々を皆同じ地球人として認識できるか。公共のお金で大至急用意することでないか?
②本当の食べ物がきちんと食べられるように。今から春夏を迎える世界ではチャンスである。自分たちで土を耕し食べ物を得る。今農家は人不足は深刻だという。チャンスでないのか。都会で仕事がない人々に地方で働いてもられる。自分が助かりたいと思ったら、まずどのようにして身の回りの人を助けられるか??今、目の前の生命を最優先すべき時でないかと、私は考えてしまう。

全国民に一律いくらかを配るというのは何の意味があるのだろう?何十億円と持っている人たちにいくらかを送っても、値打がない。彼らにとって屁の河童にすぎない。まず住と食すらない人々が命をつなぐことが出来るように優先されるとよいと思う。
そしてそうした元気で働ける人達がこの後の経済を支えてくださるのだと信じている。
必要な人に必要な最低生きてゆける手当を。

マスクやお金の一律配布は、世界中、お金という単位で物事を考える、悪い癖と思うのである。
お金以上に大切なものがある。見えないかもしれないが、もっと現実的に「現物を必要な人々へ急いで配って、きちんと生きてゆける安心感を届けてあげてほしい」と思う。
こどもたちは大人の不安でつぶれそうである。
「大丈夫ですよ。生きてゆけるようにしますから」と一声出すだけで、社会はどんなに生きかえってくるでしょう!
安心がどんなに人の免疫を高めるか?それがビールスとの戦いの力である。

社会は一番条件の悪い生活をしている人々をサポートすることから始まります。
其れは国籍、性別、年齢関係なく障碍者や未だ自立できない子供達、病人たちです。
お金ある人たちにお金を送って何になる?一日100円の食事で生きている子供達がいることを忘れないで。
今、人は生死を目の前にして、一人づつ表明せねばならない。「これしきのことで私は死なない!」と。


〈文責 王 瑞雲〉